温故知新 〜凡人が賢人になるために〜

Eightキャリア株式会社 代表 中村 裕のコンサルタントブログです。

AIファースト時代における介在価値のあり方

個人がAIに相談したり、壁打ちをしたりすることが、ごく当たり前の光景になりつつある昨今。
業務での活用はもちろん、ちょっとした悩みを打ち明ける相手として、AIが人以上にそばにいるという方もいるのではないでしょうか。
それは純粋なツールの域を超え、場合によっては、人よりも人らしく感じられる存在なのかもしれません。

一方で、企業の目線から見れば、各社はAI社会における自社サービスの価値を言語化し、再定義することが求められている状況です。
Googleの登場で「調べる」という行為そのものが変わったとき、あるいはそれ以上のインパクトがあるようにも感じます。

では、人を介することの意味は薄れていくのでしょうか。
私は、そうは思っていません。
人間中心の社会である以上、人を介するという役割そのものは変わらないのではないかと思います。
ただ、変わっていくのは「介す形」であり、そこで生まれる体験のほうなのかもしれません。

同時に、これまで人が担ってきたことの多くをAIが引き受けてくれるからこそ、人が介在する理由が、よりはっきりと問われる時代になったとも言えるのではないでしょうか。

調べる、知る、聞く、作る。
言葉にならないことを形にし、絵にならないことを絵にし、音にならないことを音にする。
AIは、ときに個人の能力を上回るスキルや成果を可能にしつつあります。
単純に情報を届けたり、答えを示すだけなら、AIのほうが速く正確な場面は、これからも増えていくはずです。

だからこそ、その変化にどう向き合い、人を介する意味をどこに置き直すのか。
AIが常にそばにいる時代に、それでも「この人に」と思ってもらえる存在であり続けるために、何が必要なのか。
サービスを提供する側として、そのあり方を探し続けていきたいと思います。

「浸透」よりも大事にしたいもの

先日、全社員でMission・Visionに向き合う時間を持ちました。
弊社は創業から16年、18期目に入り、2026年にはSansanグループにも加わりました。
変化の多いこのタイミングだからこそ、なぜ私たちが存在しているのか、どんな価値を届けたいのか、どんな社会を目指したいのかを、改めてじっくり議論することにしたのです。

新卒から役員まで、年次も役割も関係なく混ざったグループに分かれ、Mission・Visionを日頃どう感じているか、意識できているか、もしできていないとすればなぜかを、率直に出し合ってもらいました。

入社年次や役割によって、理解や浸透の度合いには差がありましたし、正直、当初の想定とは異なる声も多くありました。
ただ、それ以上に印象に残ったのは、参加してくれた一人ひとりが、この議論に真剣に向き合ってくれた姿でした。
素直で前向きで、何より現状だけでなく、これからどうしていくべきかという未来軸で物事を捉えてくれていることには感動を覚えました。

こちらが必死に伝えるよりも、一人ひとりが自分なりの言葉で捉え直してくれることの方が、よほど確かな浸透なのかもしれません。
課題は課題として受け止めつつ、こんな風にMission・Visionに対して真剣に向き合ってくれる仲間たちとともに、これからを良くするために結束していきたいと改めて強く痛感する機会でした。

時代とともに変わった雇用、変わらない「人」の価値

最近、お客様の人員計画を伺っていて、「そんなに増やすんですね」と驚くことが以前より増えたように感じています。

300人規模の会社が来期80人を採る。
500人の会社が2年で人員を倍にする。
これだけ労働力人口が減り、AIの導入が進むなかでも、多くの企業が増員を続けている。
そんな現実を見ると、人材獲得はもはや「競争」ではなく「戦争」と呼べる段階に入っているのではないか、という思いが確信に変わりました。

もちろん、人材ビジネスに携わっているからこそ、そう見える部分はあるかもしれません。

ただ、事業計画は人員計画という土台の上に積み上げられているため、人が採れなければ事業機会そのものを失うことになります。
その機会を得られた企業と失った企業の差は、単純な引き算によるマイナス1ではなく、いわばプラス1とマイナス1の差で2です。
そこにAI活用の差が重なれば、開きはさらに広がり、気づいたときにはもう手遅れ、ということになりかねない時代なのだと思います。

同時に、AIは強力なツールですが、重要な経営数字にインパクトを与えられないなら、それはあまり意味を持ちません。
AIを部下のように動かせる人がいてはじめて、AIは力を持つ。
だとすれば、人を採用しつづけるという営みは、AI時代になってもなくならないどころか、むしろその重みを増しているのかもしれません。

昔から言われる経営資源、つまりヒト・モノ・カネ・情報・顧客を保持し、獲得しつづける会社が結果として強いという、原点回帰のような話なのかもしれません。
このビジネスに約20年携わってきて、今が一番、そのことを痛感しています。

連鎖の起点に立ちつづける

私たちは「産業構造改革を通じて未来を創る」というビジョンを掲げていますが、このビジョンに対する答え合わせは、必ずしも短期間ではできません。
現在進行形で手応えを感じることもあれば、振り返って初めて分かることもある。
おそらくビジョンの成果というものは、本質的に長い時間軸の中にあるのだと思います。

そのうえでなぜ、人材紹介を主力事業として選ぶのか。

突き詰めると、「企業は人なり」という一言に帰着します。
経営するのも人、事業を動かすのも人。
どんな人を、何を目指して迎え入れるか。
その選択が、企業活動や提供価値を大きく変えてしまいます。

個社が変われば市場が変わり、ユーザーの体験が変わる。
それが一過性で終わるなら流行りとなり、続いていけば文化になる。
一つの採用決定は、その連鎖の起点になりえます。
だからこそ、要件定義の段階から経営者・経営陣と向き合い、候補者の選択にも伴走させていただくこの仕事は、産業のバリューチェーンそのものに触れているのではないかと感じています。

一方で、短期の実感も大切にしています。
数日、数十時間のなかでお客様のお役に立てること。
候補者の方が人生の節目を迎え、新たな挑戦を楽しいと感じてくださること。
そういった一つひとつの手応えは、代えがたいものです。

ただ、やはり長い時間軸の中でこそ、この仕事の面白さや尊さは実感できるものなのではないかと思います。

私自身は、今年でこの仕事を始めて20年になります。
この20年を振り返ると、1年や3年では測れなかったことが、長い時間の中で初めて見えてきたという経験が数多くありました。
だからこそ、私たちのビジョンは非常に長い時間軸の中で、人生をかけて向き合いつづけるものなのだと改めて実感しています。

AI時代におけるビジネスパーソンの価値

先日、10年以上にわたりAIを業務に取り入れ、活用されてきた経営者の方とお話する機会がありました。
AI自体の進化スピードはもちろん、その方が最も変わったと感じるのは「自身のビジネスにおける役割」だと語っていました。

かつては、ターゲット策定からリスト作成、架電やメール送信、SNSでのDM、アポの日程調整、提案資料の作成まで、顧客開拓のすべてを手作業で行っていたそうです。
今では自身の行動データや思考回路を学習させたAIエージェントに任せており、商談以外の工程は指示を出すだけで自律的に動いているとのことでした。

同じ時代・近しい領域にいながら、まるで別次元の進化が起きている。
そう感じると同時に、自身がそこまでの生産性レベルに立てていないことへの焦りを覚えました。
現時点でこれだけの差が生まれているなか、今後その差はさらに指数関数的に広がっていくのではないかと突きつけられた会話でもありました。

一方で、商談の場には変わらず人が介在しているという点は着目に値すると感じました。
臨機応変な対応力や、相手の心を開き、話してもらえるようにする関係構築力やパーソナリティは、まだAIには容易に代替できない領域です。

AIが多くを代替していくなかで、逆説的に「人にしかできないこと」の線引きはより鮮明になっていく。
単にAIを使いこなすだけでなく、人に求められる本質的な価値を理解した上で、公私ともに突き詰め、高められることこそが、今後のビジネスパーソンに、さらには一人の人間としても求められていくのだろうと強く感じました。

ニーズが生まれる前に届くサービスを

顧客が不満やニーズを自覚し、モノやサービスを探しに行き、選択する。
このような一連の体験は、これまでユーザー主導のものでした。
しかし最近は、その前提が揺らぎつつあります。

AIエージェントが台頭し、ユーザーに価値を届けるラストワンマイルを握る今、顧客のニーズはより潜在的な段階からAI上に集積されていきます。
些細な悩み事や興味関心、まだ形になりきっていない言葉の数々が日々投げかけられ、ストレージされていく。
そこにある情報は、従来の検索履歴よりもっと人に見られたら恥ずかしい内容も含むものかもしれません。

より本音に近く、より深い欲求の断片のようなもの。
もしAIエージェントが、そうした蓄積を理解し、個人の代理人として機能しはじめたなら、「欲しい」と自覚する前に、その人の次の行動が決まっていく。
そんな世界になったとき、ニーズが顕在化してから届けようとする設計では、ビジネスとして成立しづらくなってくるのではないかと考えています。

HRの領域で言えば、人が「転職したい」という意思を持つ前に、キャリアの内部認知が形成されていく。
より潜在的な状態から、行動体験が設計されていく。
その変化の過程にどう関わるかが、問われる時代になるのではないかと思っています。

曖昧さをなくすことが、産業をなめらかにする

言語化されてこなかった感覚知をデータ化することについて、先日、1次産業×テクノロジー領域で事業を展開される経営者の方との会話から、深く考えさせられました。

「この土はいい」「この潮の流れはいい」
一次産業の現場には、こういう言葉が今も生きています。
何十年もの経験が体に染み込んで、気づいたら「分かる」ようになっている。
これを肌感覚と片付けるのは簡単ですが、そこには産業の本当の競争力が眠っていると思っています。

問題は、それが属人性を高めすぎてしまうことです。
参入障壁になり、承継が難しくなる。
担い手不足の背景にも、未来を感じられない産業には若者が集まらない、という現実があります。
産業の未来への橋渡しを考えたとき、ここをどう解消するかが鍵になります。

単にロボットを入れれば解決する、という話ではありません。
必要なのは、現場の最前線にいる職人たちの感覚を、教師データとして紡いでいくことだと考えます。

礎になるのは、テクノロジーそのものではなく、職人たちが積み重ねてきた感覚です。
曖昧の境界線をなくし、属人とそうでないものの間のグラデーションをテクノロジーで埋めていく。
できる・できないで分断されていた世界が、なめらかになっていく。
法改正や規制緩和といった制度的なアプローチも、セットで進めていく必要があります。

供給が崩れるとき、最初に変わるのは数字ではなく、人々の生活体験です。
食べたいものが食べられなくなる、続けてきた習慣が断たれる。
生活体験の変化が先にあって産業が変わるのは自然な変容ですが、逆は大きなショックになる。
そうなる前に手を打つべきなのだと、考えさせられました。