温故知新 〜凡人が賢人になるために〜

株式会社イードア代表 中村 裕のコンサルタントブログです。

永遠の別れと感謝

7月2日15:32。
突然の連絡で驚きました。
1ミリも考えてなかったことが起きる時には本当に言葉を失うことと気付きました。
 
株式会社ビズリーチ代表取締役社長である、多田洋祐さんが突然死されたことを共通の知人から知らされました。
 
多田さんとの出会いは2007年1月です。
株式会社プレアデスを共同創業された、多田さんとは渋谷の同社オフィスでお会いしました。
当時の私は年末に2ヶ月間しか在籍しなかった会社を退職したばかりで、焦りと自身と社会との車間距離を感じ、自信のなさに溢れてました。
 
ただ、仕事を生きがいにしたい、前向きな仕事を前向きな同志と一生懸命働きたい。
その一心で転職先を探していました。
 
忘れもしません。
リクナビネクストの求人広告で共同創業者である岡本さんと多田さんが笑顔で肩を組んで写っており、「共に社会を創る創業メンバー募集」の文字が当時の私には強烈に刺さりました。
 
初対面は凄い仕事の出来そうなビジネスマンの印象を持ちました。
ただその中に優しさがあり、私の人生に感情移入して親身に話を聞いてくださり、面接というよりはカウンセリングを受けている気分でした。
今度岡本さんと会ってほしいと言われ、渋谷駅に向かっている最中に連絡をもらい、岡本さんがオフィスに来るから戻って会って欲しいとのこと。
そこからオフィスで岡本さんと先ほどと同じようにざっくばらんにお話しさせていただきました。
その流れのまま飲みに行くことになり、その場で一緒にやろう、明日から。
となったことを昨日の夜ように記憶に焼き付いてます。
 
そこから私が先に辞めるまでの約2年半。
岡本さんは勿論のこと、多田さんにも人生で大切なことを沢山教えていただきました。
 
・出来る理由を考えること
・やるか、やらないかで考えること
・目標は必達すること
・努力は人を裏切らないこと
・個ではなく輪で考えること
・人生学び続けること
・素直な心であること
・謙虚であること
・率先垂範すること
・何事も全力で取り組むこと
・本当の優しさは相手と向き合い続けること
 
本当に沢山のことなので、上記はあくまでも一部です。
2年半の間、20時間360日一緒にいさせていただいたと言っても過言ではないくらい、公私共に面倒を見ていただきました。
仕事上では上司(師)と部下の関係でしたが、プライベートでは多田さんも私も男兄弟の末っ子で、私は勝手ながら3人目のお兄ちゃんのように映っていたのを今でも思います。
それだけ人としての器、そして懐の深い方でした。
 
ビズリーチ社に参画された後も何かあれば連絡を取り合う関係は継続させていただき、多田さんは社会的価値を創造するため、直向きに会社経営、事業・仲間作りに全速力で走られていることを外から見ていました。
 
上記の通り、元々濃密な人生を過ごさせていただいていた先輩が凄い速度で社会に必要とされていく様を見ることで、驚きはなくそうだろうなと捉える部分と、比較し自省の念を感じるところと、何より「これが多田さんだ、凄いだろう?」と胸を張れることが多かった気がします。
 
私にとって多田さんは人生における恩師の1人であり、戦友でもあると思っています。
多田さんがいなければ、多田さんに出会ってなければ、今の私はありません。
本当に心から思える方の中の1人です。
 
このようなことを本来直接会って感謝と何より成長で恩返しすることが一番だと思ってやってきましたが、もうお会いして伝えることができません。
本当に悲しく、苦しく、やりきれない思いでいっぱいです。
 
ただ、今目の前にいたら「起きたことは起きたことだから、ここからどうする?どうしたいんだよ?」と言われるのがカラーでイメージが湧きますので、私は私で限りある一度きりの人生を社会の進歩発展に投じていきます。
その成果を天からどこかで見ていただけると嬉しいなと思います。
 
ここでくよくよ、めそめそしている姿の方が怒られる気がするので。
 
この悲しみの谷を越えた先には新しい世界が広がっていると信じて、懐かしい話はいつか話したいと思います。
 
本当に40年間お疲れ様でした。
多田さんに人生救われた、刺激を受けた方は大勢いらっしゃると思います。
私もその1人です。
今までとんでもないスピードで全速力で走ってこられた分、ゆっくり休んでください。
 
感謝の気持ちでいっぱいです。
ご冥福をお祈りいたします。